2009年10月31日

僕ら、カウンター達の叫び vol.2 僕ら、カウンター達の叫び vol.2

〜再生する心のための57577〜

いじめ、家庭内暴力、リストカット、不登校、うつ病・・・
正しくは生きられなかった二人の詩人が
「生きること」をさらけだして叫びます。
あなたの中にある痛みが、いつか明日の糧になりますように。
心に満ちているネガティブは、最後に差す光には勝てない。

生き辛さを抱える全ての人へ捧げる、朗読+αの実験的ライブ。
"59の数字が一つくりあがり0時になったら生まれ変わるさ"


出演:成宮アイコ(こわれ者の祭典)
   葛原りょう(詩人)
ギター:タダフジカ

2009年11月7日(土) 17:30開場 18:00開演
料金:1500円(1ドリンク付き)

会場:JazzBar サムライ
〒160-0022 新宿区新宿3-35-5 守ビル5F(JR新宿駅東南口徒歩2分)
予約&お問い合わせ 03-3341-0383(18:00〜25:00) jikeアットマークn.email.ne.jp
 
http://jazz-samurai.seesaa.net/

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出演者プロフィール
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成宮アイコ
機能不全家庭で育ったことにより幼少期から強迫神経症に悩まされ、不登校になる。17歳で表現活動の世界に逃げ込み、詩の個展、朗読イベントに出演を重ねる。2003年からパフォーマンス集団「こわれ者の祭典」に加入。不登校時代を取り戻すべく「健全な人生の3倍人に出会う人生にする」を信条に弾き語りも開始。NHK「福祉ネットワーク」フジテレビ「スーパーニュース」で取り上げられて全国的な注目を集める。現在、ロフトプラスワンを中心に全国でライブ出演中。

葛原りょう
小学生より不登校を開始。喘息、アトピーがひどく入退院を繰り返す。中学1年にいじめに遭い、特別学級F組に編入。自宅全焼、両親の離婚などを経たが、ヘッセ「デミアン」「荒野の狼」、ちばてつや「ユキの太陽」、宮崎駿「風の谷のナウシカ」に励まされ自殺を思いとどまる。親友の死を契機に朗読活動開始。2008年度文芸者VA大賞詩部門最優秀賞を受賞して国際詩祭「東京ポエトリーフェスティバル2008」に歌人として参加。現在、朗読ライヴ「ムジカマジカ」を吉祥寺曼荼羅で主催中。
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辰巳泰子「へいけうたのあかり」第五弾

平家歌灯は、自分の子ぉを戦場へ送りとぅない女の、歌がたり。
おおさか弁の平家物語、辰巳泰子本。

2009年11月1日(日)15:30開場
 16:00〜18:00、 JazzBarサムライにて、

▼前半は鼎談。
 神田陽司×西野りーあ×辰巳泰子。
  陽司さんは新作講談世界一。
  りーあさんは歴史大好き朗読詩人。
  今は昔、昔は今のイストワールに迫る!

▲後半は朗読劇。
  平家物語から倶梨迦羅落とし他、
  義仲という男を描きます。(巻七〜)
          約一時間のモノローグ。 おかげさまで第五弾!
 あまき実かをる花より丈競ふげに男とは一年草か   泰子

【会場所在地】JazzBarサムライ
 新宿区新宿3-35-5 守ビル5F Tel:03-3341-0383
 (JR新宿駅東南口を出て高架沿い直進徒歩2分。1F蕎麦店)
【入場料】 2000円(1drink付)
          飛入さんの朗読歓迎!
     ご・来・場・お・待・ち・し・て・お・り・ま・す!!

「眠れない夜を越えて」歌人・辰巳泰子の公式ホームページ
  http://www.geocities.jp/tatumilive/index.html
辰巳泰子の短歌朗読ライブ情報
 http://www.geocities.jp/tatumilive/utanoakari.htm
ライブと創作のためのノート
 http://www.geocities.jp/tatumilive/2007livenote.htm
寒軽ブログ スケジュール 辰巳泰子 「へいけうたのあかり」 第五弾
 http://maglog.jp/samukaru/index.php?module=Info&infid=20580
BBS「俳の細道」
 http://8217.teacup.com/samurai/bbs/789

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2009年07月02日

続 辰巳泰子短歌朗読ライブ

「へいけうたのあかり」第四弾

 「へいけうたのあかり」 第四弾

    おおさか弁の平家物語、辰巳泰子本
<自分の子ぉを戦場へ送りとぅない女の、歌がたり>


2009年 7月12日(日) 開場15:30/開演16:00〜18:00
    於 JazzBarサムライ Tel 03-3341-0383
       新宿3-35-5 守ビル5F(JR新宿駅東南口〜徒歩2分)
    入場料:2000円 (1drink付)

【対 談】 ゲスト: 佐々木六戈(俳人)、お題: 「異端ごっこ」
【朗読劇】 文覚荒行、頼朝旗揚げ、清盛あッち死に(巻五〜六)を中心に歌物語
 ※飛入さんの朗読歓迎!(一首または一句)

  悪口雑言ゆるさねばうたは成らぬかなそらを抜きたるごとき月光  泰子

▽「眠れない夜を越えて」歌人・辰巳泰子の公式HP
 http://www.geocities.jp/tatumilive/index.html

▽BBS「俳の細道」続 辰巳泰子朗読ライブ
 http://8217.teacup.com/samurai/bbs/778

「へいけうたのあかり」第三弾の写真
*前回「へいけうたのあかり」第三弾の時             Photo by Jiken

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2009年02月20日

辰巳泰子短歌朗読ライブ

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zekkyo091bwt.JPG 「へいけうたのあかり」第三弾

  おおさか弁の平家物語、辰巳泰子本。
  平家歌灯は、自分の子ぉを戦場へ送りとぅない女の、歌がたり。

 【日時】 2009年4月19日(日)16:30〜18:00
 【会場】 新宿三丁目 JazzBarサムライ

 【演目】 巻四「競」「橋合戦」他。
       短歌は「辰巳泰子集」他から構成。

 【作・出演】 辰巳泰子/ 【ギター演奏】 加藤尚彦
 【料金】 1500円(ワンドリンク付)

 【余興】 投稿作品の朗読あります。
  (希望者は一首または一句を当日ご持参ください。内容自由)
  飛入の朗読歓迎。

 【会場案内】 JazzBarサムライ 新宿区新宿3-35-5 守ビル5F 
   (JR新宿駅東南口階段下り高架沿い直ぐ) Tel 03-3341-0383

 地図 http://r.tabelog.com/tokyo/A1304/A130401/13040199/
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   これつきりこれつきりとて母となりゆめに拭きやれば大男なり   泰子
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  ▽「眠れない夜を越えて」歌人・辰巳泰子の公式ホームページ
    http://www.geocities.jp/tatumilive/index.html
    ▽「へいけうたのあかり」第三弾。JazzBarサムライにて
    http://www.geocities.jp/tatumilive/utanoakari.htm
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2009年02月01日

福島泰樹『短歌絶叫コンサート』一夜の記録

福島泰樹『短歌絶叫コンサート』 Tanka Zekkyo '09.1.10


「短歌絶叫コンサート」へ参上
                          宮ア二健
去る2008年の10月、当「俳ラ15」の飛入りで脚光を浴びた
葛原りょう氏(歌人名・高坂明良)に誘われて、
初めて吉祥寺の曼荼羅へ行く機会を得た。
ライブは泣く子も黙る福島泰樹『短歌絶叫コンサート』。
今回は、短歌朗読界の強者三者が一堂に会して、
それぞれの熱演が見られるという又とないチャンス。
期待を裏切らない充実した朗読ライブだった。
かぶりつきの最前列で堪能した。
7時半から10時半近くまで精力的に繰り広げられた。
一部と二部の間に休憩が入り、計3時間弱の時間が
まったく間延びせず、退屈することもなく、
入魂の朗読者たちに釘付けになり、我が魂も引き込まれた。

出演の順番は、福島泰樹とピアニスト永畑雅人〜ゲストの高坂明良、
そして辰巳泰子、休憩を挟んで福島とピアニスト〜
急遽元ボクサーのシャドーボクシング、そして福島の締めくくり。

高坂明良は、例によってピアソラの「オブリビオン」をBGMに
詩を朗読した。ピアソラ・タンゴの滑舌の良いリズムに乗る
悲哀の旋律が、高坂のエモーショナルな詩の朗読に相乗し、
いっそう悲壮感を増す。
そして力強く深い抒情を秘めつつ高揚していくサウンドに、
高坂の詩篇朗読は、単なる朗読を超え、肉声の火の玉(魂)となる。
先達の福島がそうであるように、高坂もまた聴衆を巻き込みながら
カタルシスの石段を駆け上がり頂で虹を見る。
眼差しの真剣さは終始貫かれている。
目は泳がず、照れず、誤魔化さず、媚びず、言い訳せず、
謙虚に、真摯に…、表現行為の偽らざる態度だ。

辰巳泰子は、肌襦袢姿で素朴な唄を口ずさみながら登場した。
両足に履いた靴は黒いスニーカーだったと思う。
このちぐはぐな出立ちは和洋折衷か和魂洋才か。はてまた晴と褻か。
私は別な機会に何度か、辰巳の唄いを聞いたことがある。
格段上手いわけではないが、普段使われていない心の襞が共振する。
歌人といえど短歌朗読ばかりではなく、劇性を考慮してのことであろう。
機会や気分にもよるが、所望すれば快く唄ってくれる
人であることを付け加えておこう。
辰巳の口ずさむような唄いは、短歌朗読とは別口の、
親しみ易さや過ぎし日の暖かさを感じる。
私は晴へ到る褻のイントロダクションと捉えた。
然るにドラマに陰影をつけ奥行きを深くした。
客席の日常から舞台の非日常へ至る花道の唄いだった。
ご本人の日記サイト「ライブと創作のためのノート」によると
舞台への出がけに口ずさんだのは「茶木みやこさんの歌」だそうな。
朗読の原稿は、辰巳の主宰する短歌結社誌「月鞠」復刊記念第六号に
掲載されている百首歌「懸想文」。
同誌が手元にあるので4首抜いてみる。

  心ばへに歌は遣らんと垣間見し痰壺に溺れゐしや月かげ
  黒々とわたしひとりの近江なれ しじまに肉のかなしみ濯ぐ
  真ん中でぐづる子供のまるい影 三鷹電車庫陸橋の上
  空蝉に魂の宿りを祈るごとあさぞらに差し出せり 懸想文

俳句と違って、文字情報の多い短歌の百首とは相当な量だ。
あまり欲張ると時間に追われて、単調になりがちだが、
辰巳は持ち時間という金魚鉢の中を悠々と魅惑的に泳ぎ回った。
私のライブ鑑賞は短歌作品の文学上の内容よりも、
その場の生き様や雰囲気に浸ってしまうのが常だ。
言葉や意味よりもイメージに負うところが大きい。

福島泰樹は、何かの意図だと思うが、
高坂と同じ曲で中原中也の「別離」を絶叫した。
  「さよなら、さよなら!
   いろいろお世話になりました〜」

悲壮感の波打つピアソラの曲は絶叫系に合うのだ。
バンドネオンではないが、ピアニスト永畑雅人が
持ち替えで奏するピアニカもいいムードを湛えた。
聞きしに勝る福島のライブ表現は、
やはり青春を一途に生きたロマンの悲哀を、
魂を込めて感じさせてくれる詩歌絶叫だ。
交友ありきという夭折のミュージシャンを悼む短歌や、
村山槐多の詩の朗読など、レパートリーが広い。
そうかと思えば、親しい元ボクサーを舞台に上げ、
ビアノとシャドーボクシングのコラボレーションを始めた。
フリーキーな打鍵と徒手空拳のスリリングな戦いだ。
挫折のボクサーの目は輝いていた。
深々と一礼をして去った。

福島の取り上げるものは、人生賛歌や喜劇ではなく、
命がけで燃えた青春の頁のオマージュとレクイエムだ。
やり場のない焦燥感や、挫折感、世のまやかしに抗い、
もがく人影…。
福島の身体と声が執拗に投影するシルエットの重なりと孤影。
映写機のリールがキュルキュルと音を立てて回り続ける。
その昭和臭のする吹き溜まりの劇場に足を踏み入れ、
書き付けられた詩の、短歌の、朗読の、
息吹を目の当たりにした。
舞台の床に散った縒れた紙片。
その込み入った書き込み跡。
文字と汗の混濁。臭う言霊。

満席の客席に居合わせた西野りーあ、月乃光司、森川雅美ら、
各方面の詩人の面々も曼荼羅のライブな空気をソウルフルにした。
とにかく年頭に詩歌朗読の入魂の極みを鑑賞できたことは幸運だった。
高坂氏率いる9名での、終電までの二次会も大変有意義だった。
自分はもちろん、一期一会だった各方々の今後の活躍に期待しよう。

  絶叫す昨日のジョーの恵方かな  二健


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初出:BBS「俳の細道」http://8217.teacup.com/samurai/bbs
   記事「入魂の朗読コンサート」
   http://8217.teacup.com/samurai/bbs?BD=7&CH=5&OF=0#CID771
posted by 二健 at 16:50| Comment(5) | TrackBack(0) | 朗読動画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年08月10日

辰巳泰子短歌朗読劇「曠野」YouTube



辰巳泰子短歌朗読劇「曠野(あら・の)」のライブで
客席より取材した写真等イメージを基にして
スライドショーを制作し、YouTube にアップしました。
朗読された短歌作品数首は、
ブログ「辰巳泰子のライブ写真など」の記事から拝借しました。
 http://d.hatena.ne.jp/tatumiyasuko/
※写真と短歌、その順序は必ずしも一致同調していません。
動画制作者小生なりのアレンジしたストーリー仕立てになっております。
短歌朗読表現最先端の「曠野」のライブ鑑賞の感動を、
より多くの方々に伝えられたら幸いです。 8-529

2008.8.9 on YouTube
 http://jp.youtube.com/watch?v=_fZ4jibFMEg
posted by 二健 at 02:40| Comment(0) | 朗読動画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年07月16日

歌劇楽団鑑賞歌

(煉獄サアカスLIVE「マドリーと黒猫騎士団」に取材-30首)

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  煉獄のメロディ
                           宮崎二健

七月の日差しを背負い地下室の煉獄サアカス花火の如し
口上の韻律を次ぐ喇叭隊よよ絡みつく青蔦の兵
銀色の横笛構え黒髪のダンディ一際さえずりの時
へその緒のつながりしまま爪弾くは果鈴歯という魔法のランプ
右手にはビールジョッキの冷たさをその片方は握られた汗
歌姫の胸板借りた地平にも一輪車来て茜雲浮く
踊り子の痩身包む黒ごろも腰で鳴き合う金属片よ
断腸の思いで臨む団長の爪弾くギター軍配の如
雛壇の女雛男雛の持物にて魔法の絨毯操られたり
暗幕も人の区別もなく照らすミラーボールの水玉の群
桟敷には親子連れいて長閑なり三角氷菓の運ばれて来し
ブロウするアルトの女アルルの女猫なで声は闇に置き去り
貝殻の釦押さえる細い指朝顔からは蝌蚪の渦巻
たましいの玉を操る曲芸師一つも零さぬことが怪しい
弓を向け弓で射るまいキューピット押さえつけたる指の震えよ
黒猫に弓張月は匿われ漣を呼びたもう役目を
稜線に掲げられたりタンバリン数多の衛星共鳴りしたり
竪琴の産み落としたる星屑を拾い集めてお裾分けせん
彼方では電気ベースの螺子巻かれ桟敷の釘の頭を撫でる
頂のバイオリン弾まで振れる空中ブランコ軍配ギター
黒猫の暗躍の街マタタビを混入されたオレンジジュース
焼酎の瓶を手にした女優でも黒猫の単語を諳んじきれない
鉄の輪のつながり離れ組まれては我獅子となり跳んで火に入る
頭頂に剣天秤頂いてつり合い保つ踊り猫たち
アコーディオンの蛇腹は大蛇の伝説の名残と紛うオロロロロロロ
歌を止め激辛占い始めたりオペラの声のぶり返しつも
東西南北黒揚羽舞うサアカスの川の畔で脚が痺れる
サアカスの出口の階段上りては歌姫おられ背後見られし
まだ昼の東中野の飲み屋街ジャズ猫金魚余韻の路地よ
土手茂り東中野の東口階段改札階段ホーム

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                    7-395
煉獄サアカスLIVE「マドリーと黒猫騎士団」鑑賞
2008.7.13(日)14:00〜
於東中野「ライブダイナープリズントーキョー」
HP「煉獄サアカス」
 http://rengoku-circus.info/
関連記事→Blog「サムライ図書缶」に感想文
 http://shinjyuku.seesaa.net/
posted by 二健 at 14:37| Comment(0) | TrackBack(1) | 短歌 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年07月12日

デルヴォーと太宰治と引き寄せる言葉

LENNON.LOVE.jpg

 またまた更新させていただくのが遅れてしまいました。せめて毎日更新できたらと願い、それが理想的とは思うのですが、今、いろいろな方面でひたすら手をつけて片付けていかないといけないものばかりがあり、あたふたしておりました。もしも、明日、僕が不慮の事故で亡くなるか、突然の神さまからのお呼び出しでこの世から去ったとしても、ちゃんと僕の大事な人には僕からのメッセージを確実に後でお届けしますので、どうか心のアンテナを立てておくことをお忘れなく・・・。なんて縁起の悪いことを、と言われるかもしれませんが、そういう『ゴースト』(この頃のデミ・ムーアいいっすね!)系ストーリーの映画が僕はマジに大好きなので申し訳ありません。
 ここのところ、ずっと考えていたことがあります。

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「突き放す」言葉よりも、「引き寄せる」言葉が、大事・・・。
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 僕は生まれたときから「突き放す」言葉ばかり浴びせられて生きてきました。まともに褒められたり励まされたりした記憶がありません。一生懸命没頭して絵を描いてたり短歌を生み出そうと努力していると、「なにをムキになってんの?どうせたいした金にならんくせに!お前の短歌は何を言いたいのか意味がわからんしね!」とののしられたり・・・心から感動する映画を観て思わず誰かにその胸の内を語ろうとすると、「何言ってんの?映画ってのは作り物なんだよ!ニセモノなわけ!そんなニセモノに心を動かされてどうすんの?こっちは忙しいんだから、あんたの無駄な話を聞いてるヒマはない!」とたしなめられたり・・・高校1年のときに初めて出会った太宰治の『人間失格』で本格的に文学に目覚め、ブンガクといえば「早稲田文学」(太宰治好きな僕は特に井伏鱒二先生!三浦哲郎先生!に憧れてました!)だし、なんとか早稲田に入らないといけないと思い猛勉強していると、周りの誰もが「うちの私立高校からは一人も早稲田に入った人はいませんので無理無理!高校時代には思いきり遊んでハジけてそれなりのレベルの大学に入ってさらに大学で遊ぶだけ遊んだ方が利口でっせ!」と笑われたり・・・誰ひとり「引き寄せる」言葉を僕にかけてくれた人はいません。でも、今となってはそういう「突き放す」言葉しか持てない人たちに感謝感謝です。おかげさまで僕の心身は叩かれ叩かれ鉄のように鍛えられましたので・・・ホント、感謝です。ありがとう。
 今の僕は、誰かに対して言葉を使うときは、メールでも手紙でも口頭でも生み出す作品においても、「引き寄せる」言葉だけを使うように、と意識しています。絶対に「突き放す」言葉は使いたくないです。同じ内容のことを伝えるにしても、よくよく考えて、どんな言葉でもなるべく「引き寄せる」言葉へと頭の中で変換します(そのため僕は極度の考え過ぎ男になりつつありますが・汗)。もしも「突き放す」言葉を間違って誰かに使ってしまった場合は、すぐに心から反省し、必ず謝罪します。「頑張ってね!」という言葉でも、相手によっては「突き放す」言葉になりえるようで、そこをよくよく考えないといけないです。ああ、日本語って、難しいですね。短歌を書いていても現実の会話でも、「突き放す」言葉でなく、「引き寄せる」言葉をこそ、心から信じたいと思っています。「引き寄せる」言葉が持つ言霊を、音霊を、信じたいのです。
 例えば、「@@@という映画を観たんだけど、話を聞いてくれる?」という人がいたら、「うるせぇなぁ!後にしてくんねぇ?俺は忙しいんだよな!」とその人を突き放さずに、たとえ忙しいときであっても夜中であっても眠たいときであっても、「うんうん!聞く聞く!どんな感想を持ったの?うんうん!」と笑顔を見せて一言でも二言でも多めに耳を傾けるようにしようと思っています。なるべくそうあろうと意識して、そうありたいと心がけるのです。特に、音楽を聴いたり映画を観たり本を読んだり絵を見たりして何らかの霊感やメッセージを受けたとき、他の誰かにどうしても自分の話を聞いてもらいたいときが誰にでもあるわけで、そうして誰かが話を聞いてほしい、と自分の元に来たときは、絶対に突き放したりしたくはないです。ちゃんとその人を自分のそばに引き寄せて、思う存分、話を聞いてあげたい、と思うのです。心の目と心の耳をしっかりと見開いて・・・!!もしかしたら、その話は、天使がその人の体を使って僕に何らかのメッセージを届けようとしているかもしれないですし!!
 今の僕には、自分の周囲に、そうして芸術的な話を気軽に出来る相手がいないからこそ、でしょうか・・・。
 僕は、そういう意味では、淋しい、のです。でも、孤独であっても、ひたすら自分で自分を磨くしかないです。
 わがふるさとは・・・淋しい町です。わが中心街にみろく横丁あり、と全国にアピールして飲み屋ばかり数多く揃えても空しいものです。何年先を見通して、どんな意味を込めての横丁なのやら?と頭をひねってしまいます。同じ酒を飲むのでしたら、自分だけの肝臓やお腹を満たすために飲むのでなくて、グルメ気取りのために飲むのでなくて、自己満足のために飲むのでなくて、もっともっと地域の文化を高めるために飲まなくては・・・。「酒を飲む」という本来の大きな意味を間違えては困るのです。文化を高めるってことは、未知の異分子を避けてそれを潰すことではないのです。同じ志を抱いた精神レベルの者同士が引き寄せ合うべきなのです。そうして芸術的な化学反応を起こすべきなのです。そのためにこそ、お酒は正しい人と正しい人とをしっかりとつなぐべき最適最良の潤滑油でなければなりません。
 ひたすら居酒屋や飲食業店を街中に増やすことを考えるのでなく、もっともっと図書館や美術館や博物館を充実させ、なるべく早めに正しき文学館を建設することはできないのでしょうか?なぜ、今も三浦哲郎文学館を建てていないのか?それが疑問だらけの、わがふるさとです。至急、三浦哲郎文学館か八戸文学館を作っていただきたいです!三浦哲郎(ミウラ・テツオ)先生は、青森県でただ一人の芥川賞受賞作家ですし、太宰治文学と井伏鱒二文学と寺山修司記念館とも密接にリンクさせて、八戸を舞台にした映画やシナリオをも紹介できるような、地域文化の発展を考えた実りある文学館を建てていただきたいです!かのカフカ賞受賞の村上春樹の『ノルウェイの森』は三浦哲郎先生の『忍ぶ川』にインスパイアされて生まれた作品であります(村上春樹がインタビューで語っていました)。それに、島根はラフカディオ・ハーン(小泉八雲)という文化人で100年食っているそうで、そういえば、ラフカディオ・ハーンは八戸市ともかなりの関連性があるんです!何年後かに八戸市の中心街に地域観光交流施設が出来るそうで、地域観光を最優先というお考えのようですが、地域観光でなく地域文化を最優先するべきではないでしょうか?地域文化のアピールを最優先することで地域観光もかなり充実してくるのに、と残念でなりません。

 太宰治は、生前、若い人(愛読者や弟子)が自分の元に訪ねてきたら、たとえ仕事中であっても(ここがすごいです)、「おおっ!よく来たな!よっしゃ、これから飲みにいこうかぃ!」と叫んで、行きつけの飲み屋に連れて行ってビールやら日本酒をおごってくれたそうです。僕は、そういう太宰治のような人になりたいです。そういう太宰治のような人に今の僕は出会いたいです。お酒を飲んで芸術を語ることで、自分にとっても相手にとっても、もしかしたら何百年先も残り得る芸術作品が生まれるきっかけになるかもしれませんから・・・。今の僕は経済的に、誰かに気軽にお酒を奢れる身分ではないので悔しい限りですが、これから確実に大きくなります。自らの肉体が滅んでも、八戸市の文化を高めるための、青森県の文化を高めるための、東北地方の文化を高めるための、何かを必死で残していく覚悟です。
 太宰治もビートルズも寺山修司も、今なお光り輝いているのは、彼らの作品のすべてが皆、「引き寄せる」言葉のかたまり、だからです。だからこそ、僕のような傷ついた心の持ち主の薬になり得るのです。ただし、誰にでも気軽に届くメッセージばかりでなく、よくよく味わったり読み込んだり噛み込んだりしないと心の底に届かないメッセージもあり(ここがポイントですね)、その秘密のメッセージを発見したときの快感は、生きていてよかった〜!と思わせるものです。

「太宰さん!あなたが今、生きているとしたら、今すぐに会いに行き、いっしょにお酒を飲みたいです!今、けっこう美味しいビールがあるんですよ!サントリーのプレミアムモルツ!エビスビール!美味いんです!太宰さんに飲ませてあげたいです!どうか僕を引き寄せてください!」

 ときどきそんなことを自分で叫びながら、近くのスーパーマーケットで一番安い缶の発泡酒を6本パックで買ってきて、ひとりでチビチビ1本ずつ夜中に飲んでいます。発泡酒でない純粋のビールをいつも毎回気軽にほいほいと買えないでおりますが(涙)。

「ジョン!ジョージ!僕は英語をペラペラしゃべれないですけど、あなた方が今、生きているとしたら、会いに行きたいです!ほんの1分でもそばにいたいです!できれば英国のティーをいっしょに飲みたいです!どうか僕を引き寄せてください!」

「寺山さん!あなたが今、生きているとしたら、今すぐに会いに行きたいです!いっしょに映画を観に新宿の映画館までお供したいです!寺山さんはアルコールがダメだそうで、いっしょに青森のリンゴ果汁100%のジュースをぐいぐい飲みながら、渋谷駅の交差点でいっしょに黄昏れたいです!どうか僕を引き寄せてください!」

 酔えば酔うほど、そんなことをぶつぶつと一人で会話している僕は、まるで恐山のイタコかもしれません(涙)。

 先月上旬に「未来」誌6月号が届いておきながら、気力が無くて紹介できなかった僕の短歌をようやくアップします(遅れてしまいまして、ごめんなさい)。岡井隆先生に10首お送りしましたが、3首カットで7首掲載です。10首コンプリート掲載はなかなか難しいです(汗)。

  「旅の途中」(大庭礼治)
孤独というオープンカーで砂漠過ぎ、デルヴォーの裸おんなの町へ
一糸まとわぬ女がゾンビのごとくに徘徊す。ああ、人工楽園。
目をふさがれていく旅の途中、縫われた瞼を無理に裂いたばかりに、
ゾンビの着ぐるみ着ないと生きていけないこの町がわがふるさとなり
現在と過去のねじれた隙間からボールを投げ入れた未来のわたし
世界の終わりは僕の終わりで君の終わりでなく終わらせる僕
見るべきだった過去の画が現在の窓に貼り付く 時空曲げられて
              (「未来」誌2008年6月号より)    

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 ベルギーの画家ポール・デルヴォーの絵が僕はめちゃくちゃ大好きなので、それを全体的なイメージの流れとした上で、「HEROES/ヒーローズ」というアメリカのテレビドラマのシーズン1を全エピソード(DVDで全11巻!)観終わって感じた印象をも絡ませて、まとめてみました。4首めは、わがふるさとに対しての真摯な想いを込めてあります。(今回公開しました僕が描いたデルヴォー風の絵も御覧くだされば嬉しいです)

 先日「ザ・ベストハウス123」というテレビ番組(ロンドンブーツ1号2号と本上まなみさんが司会でいろんなネタのベスト3を紹介している番組です)で、サヴァン症(自閉症)の特集をやっていて、それを観て僕は感動しました。サヴァン症の第1位は、映画『レインマン』のモデルにもなったアメリカのキム・ピークさんで、もう50代になっているキムさんは今も80代の老父にひげを剃ってもらったり靴下を履かせてもらったりしているのですが(この老父もたいしたものだと感激!息子を突き放さず引き寄せるパワーは世界でも最高レベルでしょう)、恐るべき偉大な脳みその持ち主です。電話帳や書物を何千冊も1ページ1ページをまるごと暗記できるし、一瞬のうちにマッチ棒の数を数えることができるし、どこか人間としての能力に欠けている部分があると違う部分が異常に発達してくるというわけで、観ていて自分も右脳と左脳のバランスについていろいろと考えさせられました。
 そんなキムさんが番組のラストで脳科学者の茂木健一郎さんにモジモジしながら伝えたセリフが忘れられません。

「自分がしてほしいということを、人にしてあげると、世界はよくなるんです」

 このセリフこそ、「引き寄せる」言葉、そのものです!誰だって、誰かに突き放されたくないものです!誰だって、誰かに引き寄せてもらいたいんです!僕も、人を「突き放す」のでなく、人を「引き寄せる」言葉のかたまり、になりたいです。そのためにも、毎日毎日、前向きに頑張ります。自分が生きているあいだに、八戸を、青森県を、日本を、世界を、地球を、少しでも僕なりに精一杯良くしたい、と願っています!
(ここでジョン・レノンの『STAND BY ME』を僕の頭の中で流します!またジョンのイラストを描いてしまいました!)
posted by 礼治 at 08:07| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする